大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1720号 判決

東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目一〇番一号

上告人

日綜産業株式会社

右代表者代表取締役

小野辰雄

右訴訟代理人弁護士

矢野義宏

鈴木泰文

東京都港区新橋五丁目一一番三号

被上告人

住友軽金属工業株式会社

右代表者代表取締役

内田克己

中央区日本橋茅場町三丁目一三番六号

被上告人

朝日鉄工株式会社

右代表者代表取締役

小松龍夫

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(ネ)第八六二号意匠権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成元年九月七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢野義宏、同鈴木泰文の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 藤島昭 裁判官 奥野久之 裁判官 草場良八)

(平成元年(オ)第一七二〇号 上告人 日綜産業株式会社)

上告代理人矢野義宏、同鈴木泰文の上告理由

原判決は左記に述べるとおり、判決に理由を付せず又は理由に齟齬あるとき、若しくは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があるときに該当し(民事訴訟法第三九四条、三九五条六号)、破毀を免れない.

第一、被上告人製品(一)について

一、本件登録意匠(一)と被上告人(一)全体意匠との類否

イ、原判決は、右両者共「鉄骨用吊り足場に係るもの」であり、使用状態を示す斜視図にみられるような外観に、特に看者の注意を引く部分が現われるとし、両者を対比すると次のような差異があるとする.

対比(差異)

本件登録意匠(一) 被上告人(一)全体意匠

〈1〉 足場枠の前部両端部に、後側支柱とほぼ同巾の間隔で短い二本の前側支柱を枢着して起立させる. 足場枠の前部両端部よりやや中央寄りに、短い二本の前側支柱を枢着して起立させる.

〈2〉 前側支柱間に、水平な前部手摺とX字状の足場枠とを設置. 前側支柱間に、水平な二本の前部手摺を設置.

〈3〉 後側支柱間に、二本の背部手摺を水平に設置. 後側支柱間に二本の背部手摺と一本の補強材とを水平に設置.

〈4〉 相対向する前側支柱と後側支柱との間に、二本の側部手摺を水平に(足場枠に平行に)枢着. 相対向する前側支柱と後側支柱との間に、二本の側部手摺を前側支柱寄りから後側支柱に向かって足場枠の中間部ほどまで足場枠に平行に、その後は、やや上向き状で後側支柱に接続。

〈5〉 相対向する後側支柱と前側支柱の頂部との間に、鎖の斜材を連結. 後側支柱の上部と足場枠の前部側面との間に、上部においてゆるやかめに斜め上方にふくらむように湾曲しているパイプの斜材を連結.

ロ、右の差異は、看者の注意を引きやすい部分である「支柱」、「手摺」及び「斜材」の取り付け位置及び形状等についての顕著な差異で、全体的に観察した場合、両者は、視覚を通じての美観を異にする.

即ち、本件登録意匠(一)に係る物品であり、被上告人製品(一)及び(二)である鉄骨用吊り足場は、建築工事等のために作業者を乗せて髙所に架設されるものであるから、取引者ないし需要者が最も関心をもってみるのは安全性にかかわる部分の形状であることは当然である.

具体的にいうならば、鉄骨用吊り足場全体の意匠においては、作業者の転落を防ぐために四囲に設けられる手摺(補強材)、安全枠あるいは斜材の形状、特にそれらの堅牢性に最も関心が注がれるが、同時に、それらは作業者の身体が直接触れる箇所であるから、手触りの良さなど使い具合に係る形状も相応の注意を引くと考えられる.一方、足場板はその上に作業者が乗るものであり、また足場取り付け具は鉄骨用吊り足場全体を保持するものであるから、これらの意匠においては、形状の堅牢性に専ら関心が注がれるものと考えることができる.

この視点に立ってみると、本件登録意匠(一)が角張った素朴な印象を与えるのみであるのに対し、被上告人(一)全体意匠(被上告人(二)全体意匠も同じ.)は、手摺及び斜材に緩やかな曲線をもたせたことによって使い具合が良い優美な印象を与えており、且つ、本件登録意匠(一)の前部が一本の水平な前部手摺及びX字状枠によって形成されているのに対し、被上告人(一)全体意匠の前部は二本の水平な前部手摺及び二本の前部支柱によって形成されているので、両側に添えられているパイプの斜材の形状と相まって、安全性においてより優れているとの安定感を与えると言い得るから、両意匠が起こさせる美感には明らかな差異があるというべきである.

ハ、右判旨は次のとおり理由を付せず又は理由に齟齬があり、ひいては判決に影響を及ぼす法令の違背があり妥当性を欠く.

(一) 意匠法第三七条(以下法令という)の適用に際して行おれる意匠の類非の判断は、両者を対比し、相違点を洗い出し(個別観祭)、その相違点が美観において決定的(支配的)に両者の違い、即ち、不正競争、物品の彼此混同の防止に寄与するか否か(物品の出所混同の有無)の全体観祭から為されるものであり、これが意匠権制度における右法令を適用するに当っての基本的スタンスであるというべきである.

(二) 原判決によれば、両者は(ⅰ)支柱、(ⅱ)手摺、(ⅲ)斜材の「具体的態様」が本件登録意匠(一)の要部であるという.

加えて、足場板、足場取り付け具も含めて、安全性にかかわる部分の形状の堅牢性、手触りの良さなど使い具合にかかる形状に看者の注意がゆき、これらの点からみると、本件登録意匠(一)が角張った素朴な印象を与えるのみであるのに対し、被上告人(一)全体意匠は、手摺・斜材に緩やかな曲線をもたせたことにより使い具合がよい優美な印象を与え、また安全性においてより優れているとの安定感を与えるともいう.

(三) しかし、原判決の審美性判断の根底には、意匠権制度とはおよそかけ離れた「堅牢性」、「使い具合」、「安全性」に重点があり、これは、前記のとおり法令の解釈の誤り乃至理由齟齬の違背である.

即ち、意匠法第二条は、「意匠とは、物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるものをいう」と定め.「物品の形状」とは、物品の空間的形態をいうと解されており、要するに、物品の空間的形態を外観的に判断して美感を起こさせるものをいうことに外ならない.

しかも、右の審美性は、堅牢性や使い具合、はたまた安全性等の技術的見地からの美感から導かれるものではなく、一定の物品形状そのものの美感が、物品の彼此混同乃至は不正競争の回避の見地から、それらが類似か非類似かの視点に立って判断されるものである.

要するに、登録意匠と対象物品の意匠との間に、ある程度の差異があっても、それが看者に強い印象を与える支配的要素となっていない場合には、両者は類似と解すべきである.

(四) だとすれば、前記相違点の〈1〉乃至〈5〉のうち、明らかにその形状の異なるのは〈2〉の×字状の足場枠と〈5〉の斜材のみである.従って、右相違点につき違った美感を感じるか否かは看者によって異なることも否定しえないが、全体的に観察すれば、注意は惹くが、注意を強く惹くものではなく、両者同一の足場装置と混同を招く程度の、即ち、全体のなかに吸収されてしまう程度のものにすぎず、法令の解釈を正当になせば、原判決の理由は、理由となっておらず、理由自体に矛盾を含むものといわざるをえない。

二、本件登録意匠(二)と被上告人(一)足場板意匠との類否

イ、原判決は、両者共「足場板に係るもの」であり、斜視図にみられるような外観並びに足場板の強度及び作業の安全性に影響のある作業床の単体の結合部及び作業床下面の突条の外観に、特に看者の注意を引く部分が現われるとし、両者を対比すると次のような差異があるとする。

対比(差異)

本件登録意匠(二) 被上告人(一)足場板意匠

〈1〉 足場板の単体である作業床が二つ. 作業床が五つ.

〈2〉 二つの作業床の一方の作業床に〈省略〉字状の溝部を、他方の作業床に右溝部に引掛け固定をするかぎ状突出部を長手方向に沿って設け、両者が嵌合している 巾木を有する左右二つの作業床のそれぞれの他外端に、作業床下方に〈省略〉状の溝部を設けるとともに、当該作業床の中間部に、〈省略〉状の補強突起をそれぞれ一つ(合計四つ)設け、他の二つの作業床の一端にL字状の溝部を、他端に〈省略〉状の引掛部を設け、かつ、その作業床の中間部に〈省略〉状の補強突起をそれぞれ一つ設け、その余の作業床の両外端に、ともに〈省略〉状の引掛部を設けて、右五つの作業床を密に嵌合している.

結果 作業床の底面の中央部に長手方向に沿って低い突条を設けているようにみえ、全体的に比較的単純平明で簡素な印象. 作業床の底面の両巾木間に等間隔に長手方向に沿って合計八本の比較的市の広い突条を設けているように見え、全体的に強度と厚みのある印象.

ロ、右の差異は、特に看者の注意を引きやすい部分についてのもので、全体的に観祭した場合、両者は視覚を通じての美観に異なった印象を与える.

特に、被上告人(一)足場板意匠は、下方に計八本の突条様のものを形成したことによって、本件登録意匠(二)よりも堅牢な印象を与えているから別異の美感を起こさせるというべきである.

ハ、右判旨は、次のとおり理由を付せず又は理由に齟齬があり、ひいては判決に影響を及ぼす法令の違背があり妥当性を欠く.

(一) 即ち、原判決の掲げる〈1〉の相違点は、全体的に観察した場合、一体としての足場板と観察すべきものであって、二つか五つかは問題外である.また、相違点〈2〉についても、湯呑みの裏底の意匠とでも言うべき部分であって、これまたとるに足らない部分である.

即ち、足場板は、平面側から見るのが常識的な見方であり、原判決のいう

「特に看者の注意を引きやすい部分」は、両外端の巾木と作業床であるはずであり、本件登録意匠(二)は、正にこの部分の形状に特徴があるのである.原判決が特に指摘するところの作業床の底面部は、本件登録意匠(二)も、被上告人(一)足場板意匠も、共に通常は隠れた部分に該当し、看者の注意はあまり引かない部分なのである.従って、結果として判示のような印象があるとしても、意匠権制度の目的からすれば、「頭著な差異」として美観に影響を与えるものではないというべきである。

(二) 従って、この点につき、前同様、看者の注意の行かない部分について、しかも「竪牢性」なる概念をもち込むことは、意匠権制度の法令の解釈を誤るか、若しくは理由不付、理由齟齬に当るといわざるを得ない.

三、本件登録意匠(三)と被上告人(一)足場取り付け具意匠との類否

イ、原判決は、両者共「足場取り付け具に係るもの」であり、参考図にみられるような外観に、特に看者の注意を引く部分が現われ、両者を対比すると次のような差異がある。

対比(差異)

本件登録意匠(三) 被上告人(一)足場取り付け具意匠

〈1〉 ねじ桿本体は、長いねじ部と、ねじ部の端部に一体に設けたロツド状の基部と、その基部の端部が二又状に分かれた支持片どからなり、取り付け部は、二又状支持片間に挿入した六角ボルト及びこれに取り付けた六角ナツトからなる ねじ桿本体は、長いねじ部と、ねじ桿の端部に固定した六角ナツトと、六角ナツトに固定したコ字状支持片とからなり、取り付け部は、コ字状支持片間に挿入した六角ボルト及びこれに装着する六角ナツトからなる.

〈2〉 フツクの平面側がテーパー状で、その背面が四半円状の形態であり、フツクの両面に三つのリブが形成されている フツクの平面側がテーパー状であるか、その背面が四半円状をカツトした形態(直角の隅を直線で隅切りした形態)で、フツクの両面が無模様である.

ロ、右の差異は、特に看者の注意を引きやすい部分についてのもので、全体的に観祭した場合、両者は視覚を通じての美観に異なった印象を与える.

特に、被上告人足場取り付け具意匠は、リブを省略したことによって本件登録意匠(三)よりも堅牢な印象を与えているから、別異の美感を起こさせるというべきである.

ハ、しかし、右判旨は次のとおり理由を付せず又は理由に齟齬があり、ひいては判決に影響を及ぼす法令の違背があり妥当性を欠く.

(一)原判決も、両者の基本的な構成がほとんど一致していることを認めているのである(この点について、原判決は、部材を表示するのみで外観を表示するものとはいえないというが、意匠権の概念を誤るものである).

(二)だとすれば、特に顕著な差異により美観が異ならない限り類似の意匠というべきところ、原判決は特にリブを省略したことによって堅牢性の印象に差異があると指摘するが、堅牢性そのものが意匠権制度の法令の予想しないところであること既述のとおりである.

第二、被上告人製品(二)について

第一、において述べたことがそのまま当てはまるのでこれを援用する.

第三、結論

以上から、上告人は、特に、被上告人(一)・(二)足場板意匠についてな、本件登録意匠(二)と類似すると確信している.

なお、右類似、非類似の判断は、そもそも事実認定の問題であるが、前記のとおり法の解釈適用を誤った結果に基づく場合には、法律問題となること論をまたない.

以上

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